第16話

 あれから何匹か魔物に遭遇したが、すべてロモロが片付けてしまった。
 魔物を確実な一撃で葬るロモロの動きは、流れるように無駄がない。

 有り体に言えば、アサレラの出る幕はまったくなかったのだ。

「……ロモロさん、って、すごく強かったんですね」

 この剣技を目の当たりにしたイスベルが、武闘会への出場を何度も頼み込むのも無理はないと、切っ先を持て余したアサレラは思う。

「なんていうか……、おれみたいなのとは全然、違いますよね」
「…………まあ……昔取った杵柄、というやつだ」
「兵士っていうより、なんて言うか、どっかの騎士……みたいな」

 とは言うものの、かつて垣間見たコーデリア騎士とは少し違う気がするし、ウルティア騎士とはもっと違うだろう。しかしロモロの剣術は、アサレラが騎士という言葉から連想するものに近い。

「イスベルがあんなことを言ってたのもよくわか…………フィロ、なんできみが得意げにしてるんだ?」

 そうしているうちに一行は、崖上に聳える王都パレルモへたどり着いた。

「すごい人だ……まるで祭りですね」

 日差しを跳ね返す白い外壁。手を伸ばせば届きそうな空は、夕暮れの気配を帯びつつもいまだ青い。
 海を臨むせいか、熱気に蒸された王都に吹き抜ける風は思いのほか冷たく、アサレラはフードを押さえつけた。
 ふわりと漂う甘い香りは、あちこちで咲く赤い花のものだろうか。

「戦士の国ってわりに綺麗だな」

 辺りをきょろきょろと見渡すアサレラの目に、葡萄酒をあおる男たちが大声で騒ぎ立てながらひっくり返るさまが映る。白と青と赤の織りなす美しいコントラストには似つかわしくない光景である。
 見苦しい男たちから目を逸らしつつ、アサレラは踵を上げた。

「あの頂上にあるのがウルティア城か? 闘技場は……うわっ」

 どんと背を押されてよろめいたアサレラの腕を、ロモロが掴んで引いた。

「アサレラ殿、だいじょうぶか?」
「す……、すみません、ロモロさん」
「田舎者……」
「しっ……、仕方ないだろ!? こういう祭りみたいなのは初めてなんだ!」

 こちらへ目を向けないままぼそりと呟くフィロに、アサレラはついむきになる。
 セイレム村がコーデリア王国内でも屈指の田舎であるのは純然たる事実だが、少しよろけただけで田舎者呼ばわりをされるのも癪だ。
 ロモロはまあまあ、と苦笑しながらアサレラから手を離した。

「闘技場は坂の中腹だ。あの丸い建物が見えるだろう?」

 今度は人の流れに呑まれないよう気をつけながら、アサレラはロモロの指した方向に視線を向ける。

「あ、あれですね」

 頂上に聳え立つ城よりも下の位置に、円形の大きな建物が確かに見えた。

「…………もしかしてロモロさんたちは、パレルモに来たことがあるんですか?」

 人々が集い賑わう場にアサレラがひときわ不慣れなのは間違いないとして、フィロもロモロもさして珍しげではなさそうだ。

「ああ……、数年前にな。エステバン杯の時期に来たことはなかったが。フィロ、おまえは覚えているか?」

 フィロはわずかに首をかしげた。

「あのときは……これほど騒がしくはなかった」
「きみは騒がしいのは嫌いそうだよな。おれも好きじゃないが」

 いかにも騒々しいのを疎うであろうフィロは、一瞬アサレラへ目を向け、すぐにその視線を上向かせた。
 フィロの視線の先にあるものに気がついたのか、ロモロがああ、と微笑する。

「フィロ、その花が気に入ったのか? 向こうで配ってたから、後でもらってくるか」

「……あれは子どもにやるものだろう」

「大人がもらって悪いこともないだろう?」

 花というものを色でしか判別できないアサレラは、情緒など持ち合わせていないのだろう。
 甘い香りに視線を上げると、赤い花びらが風に乗って踊るように舞うのがアサレラの目に映る。

 アサレラの心が、ふいに重くなった。

「…………けど、こんなことをしてて、ほんとにいいのか……、魔王が降臨して、大陸が大変なことになってるのに……」

 道の脇で酒盛りをする大男たちが大笑いしている。
 籠を手にした若い少女が、赤い花を王都中に飾り付けている。
 斧を持った男戦士と弓を抱えた女戦士が坂をのぼっていくのが見えた。彼らもエステバン杯の参加者なのだろうか。

「ローゼンハイム公国も……セイレム村も、滅びた。魔王復活はウルティアだって対岸の火事じゃない」

 魔王の脅威は、お祭り騒ぎをする彼らのすぐ背後まで迫っている。降り注ぐ光の雨に穿たれ、燃え上がる炎の下に爛れ、明日には跡形もなくなっているかもしれない。
 だというのに、なぜこうも他人事のようにいられるのだろう。なぜこうも笑っていられるのだろう。

「それはウルティアの民も知っているはずだ。七年前、北西のトラパニという街は魔物によって滅びているのだからな」
「………………親父、それは」
「アサレラ殿も、コーデリア王に言われるまでは、世界の危機や魔王のことに当事者意識など持っていなかったのではないか?」
「それは、まあ……」
「世界の運命を担うことなど、常人にはできはしない。自分と、身近な者を守ること、それだけで……いや、それさえも難しい」

 まさしくアサレラは、自分自身のことだけを考えて生きてきた。おのれが生き延びていつか雪辱を果たすことを願えど、その力を誰かのため、ましてや世界のために使おうなどと考えたこともなかった――コーデリア城でトラヴィスと謁見した、あの日までは。

 いや、今だってそうだ。アサレラは世界のために聖王都ドナウへ行くわけではない。
 あのときアサレラが聖王都へ行くことを決めた理由は、王から直々に命じられて逃げ場がなかったからだ。

――そしてアデリス、あいつを見つけ出してこの手で殺すために、おれは……。

「聖剣を持つ者に運命を委ねるほうが楽だ」

 アサレラははっとしてロモロを見た。

「聖王都ドナウで聖剣レーゲングスを手にすれば、アサレラ殿、キミは世界の希望そのものとなる」
「世界の希望……」
「望もうと望まざると、この世界で生きるすべての人の未来を背負わなければならなくなる。そうすればもう後戻りはできないだろう。その覚悟はあるのか?」

 覚悟、という言葉が、重くのしかかる。
 語るロモロは、驚くほど真剣な面持ちだ。その斜め後ろで佇むフィロへ、アサレラはちらりと視線を向けた。

 さきほどフィロは、なにかを言いかけていなかったか。
 それが気にかかりつつも、アサレラはおのれの内へあふれ出した疑問をとどめることはできなかった。

「マドンネンブラウの王族には……きっとその、覚悟があったんですよね」
「フェールメール家は聖王の末裔だからな。特にエルマー王子は魔王復活が知られたのちに誕生したから、聖剣を継承する決意は人一倍強かっただろうな」
「どうして聖剣は……、覚悟のあった王子でなく、おれなんかを……」

 アサレラは、顔も知らないマドンネンブラウの王子を思う。

 聖王国の王子は生まれたときから、いや生まれる前から世界を救う存在なのだと熱望され、その期待に応えるべく生きてきたのだろう。
 それをたやすく覆された挙げ句、少しばかり剣が使えるだけの、肉親を憎悪する他国人が聖剣を持つことになるかもしれないと知り、どんな思いでいるのだろうか。

 軋む胸を押さえながら、アサレラは悪あがきのように付け加えた。

「…………あ、でも、なにもおれが聖剣を継ぐと決まったわけじゃ……なかった、な。……王子が聖剣を抜けなかったっていうのもなにかの間違いで、またやってみれば抜けるかもしれないし」

 そう、世界のためというならば、アサレラなどが聖剣を継承しないほうが、よほど世界のためだろう。

「…………そうだな。なんにせよ、真実はドナウで判明するだろう。すまなかったな、えらそうなことを言って」
「いえ、おれのほうこそ……」

 ロモロは周囲を見渡し、ふ、と穏やかな微笑を浮かべた。

「絶望的な状況にありながらも、希望を信じて笑っている。ウルティア人は肉体も精神も強靱だな」
「…………この国の奴らは、脳天気なだけだ」

 風に揺れる髪を押さえ、フィロが目を伏せる。

「……さあ二人とも、そろそろ闘技場へ行こう。日暮れ前に受付をすまして、今日の宿を探さなければな」
「なあ、おめえら、フラウィウス闘技場に行くのか?」

 突如、少女の声が割って入る。
 アサレラが視線をやや下向けると、金色の髪を二つにくくった少女がこちらをじっと見つめていた。

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