【20枚シナリオ】月のウサギ

シナリオセンター研修科の課題「刑事」で書いたシナリオです。

 

本編

○警視庁・外観

曇天である。

 

○同・刑事部・オフィス

デスクが並ぶオフィス。窓には白のブラインド。隅の一角がパーテーションで区切られている。

パーテーションには手書きで「宇宙課」と書かれた紙が貼られている。

 

○同・宇宙課

3つのデスクがある。1組は横に並び、1組は縦に向かい合っている。

天夜現(23)と中山美晴(27)、隣り合って座っている。

空いたデスクには「宇宙課課長 出雲浩一」の三角席札と、小さな観葉植物がある。

天夜、月齢カレンダーを握り、凝視している。美晴、PCを操作している。

天夜「中山さん、明日は月齢7日ですよね」

PCから目を離さずに美晴、

美晴「ああ、そういやそうでしたね」

緊張した面持ちの天夜。

天夜「じゃあ、いよいよ上弦の月が……」

美晴「いよいよって。大げさだなあ」

手を止め、天夜を見る美晴。

美晴「そうか、天夜さんはこれが初か」

天夜「は、はい」

月齢カレンダーをぎゅっと握り締める天夜。

天夜「あの、中山さん。宇宙課ってなにをするんですか? あまり詳しく訊いてなくて」

美晴、椅子を回し、天夜に体を向ける。

美晴「配属のとき、上から説明なかったんですか?」

天夜「はい。そのときになったら詳しく教えてやるって出雲課長が」

あきれた顔の美晴。

美晴「出雲さん、あいっかわらずいい加減だなぁ」

天夜「出撃は月齢7日から月齢23日、月のウサギの見張り、とは聞きました」

身を乗り出す天夜。

天夜「中山さん、月ってどういうことですか?ウサギってどういうことですか、なんの隠語なんですか」

美晴「月は月、で、ウサギは犯罪者」

眉をひそめる天夜。

天夜「ウサギは犯罪者のことなんですか?じゃあ、月ってどこのことですか」

美晴、立ち上がり、窓辺に寄る。

美晴「だから、月は月ですって」

美晴を見る天夜。ブラインドを上げる美晴。窓の外に広がる曇り空を指す。

美晴「空に浮かぶ、あの月、ですよ」

唖然とする天夜。

美晴「まあ、ここんとこ曇りで見られてないですけど」

がたんと立ち上がる天夜。

天夜「つ、月って、空に浮かぶ月って、冗談でしょう!?」

天夜をちらりと見る美晴。

美晴「ほんとになにも聞いてないんだ」

美晴、天夜のもとに歩いていく。

美晴「死刑にすると市民から反発が出るような重罪人なんかを収容してます。犯罪者が増えて、土地が足りないらしいですから」

天夜「だからって、なぜ月に……」

美晴「さあ、そこまでは。島流しならぬ月流しってわけですね」

美晴、月齢カレンダーを取り上げる。

美晴「わたしたち宇宙課の仕事はミルキーロードの見張りです」

天夜「ミルキーロード?」

美晴「月と地球を繋ぐ道のことですよ」

デスクに月齢カレンダーをぽんと置く美晴。

美晴「ミルキーロードが出現するのは上弦の月から下弦の月、月齢でいうと7日から23日」

美晴、自分の椅子に座る。美晴を見上げる天夜。

天夜「それで、出撃っていうのは?」

美晴「宇宙に行くってことですね」

仰天する天夜。

天夜「はあっ!?」

美晴「(軽い調子で)そのあいだ、地球には帰って来れませーん」

天夜「そ、そんなのありですか!?」

美晴「なしでしょうねえ」

天夜「後出しだ! 詐欺だ! 警察がそんなことして許されるんですか!」

にやにやと笑う美晴。

美晴「大事なことはちゃんと訊いてから決めないとねえ。自分のことですよ?」

肩を震わせる天夜。

天夜「だ、だからって、こんな!」

美晴「ま、超重大任務とか、君にしかできないとか言われて、ホイホイ決めちゃったんでしょうけど」

天夜、ぎくりとする。

美晴「出雲さんがいっつも卒業生にやるあれに引っかかる奴がいるとは思わなかった」

うつむき、黙り込む天夜。美晴、肩をすくめる。

美晴「ま、悪いことばっかじゃないですよ」

天夜「どこが!?」

拳を握る美晴。

美晴「宇宙課刑事にはビームサーベルとかレーザーシューターとか支給されるんですよ!」

天夜、顔を輝かせる。

天夜「ビームサーベルに、レーザーシューター!?」

美晴「そう、わたしたち宇宙刑事だけにですよ。光の剣に光の銃!」

天夜「光の剣、光の銃!」

美晴「かっこいいでしょ?」

天夜「か、かっこいいです!」

美晴「宇宙課でよかったでしょ?」

天夜「よかったです!」

勢いよく立ち上がり、拳を掲げる美晴。

美晴「復唱!行くぞー、宇宙!」

天夜、美晴と同様に拳を掲げる。

天夜「い、行くぞー、宇宙!」

美晴「宇宙バンザーイ!」

天夜「宇宙バンザーイ!」

美晴「ウサギ追いしかの宇宙!」

天夜「ウサギ追いし……」

部長の声「宇宙課、うるさいぞ!」

美晴「あっ、すいませーん」

腕を下ろす天夜。

天夜「でも、どうやって月に行くんですか?」

美晴の腕時計が光る。空中に画面が出現する。画面には出雲浩一(34)の顔が映っている。

出雲「ミルキーロードが出現するのは愛知の茶臼山、大阪の金剛山、そして東京の高尾山だ」

天夜「か、課長! ? 中山さんの腕時計から課長が」

美晴「腕時計じゃないですよ、通信機。宇宙でも使えるやつです。後で剣と銃と一緒にあげます」

画面の出雲をにらむ美晴。

美晴「出雲さんがなにも説明しないから」

出雲「いやーすまんすまん」

頬をかく出雲。

出雲「それで俺はこれから夕方まで会議があるから、2人で先に準備しといてくれ。終わったら向かうから」

美晴「はーい」

画面が消える。美晴、天夜へ向く。

美晴「わたしたちは高尾山からですね。じゃ、今から準備しましょう」

天夜「はい!」

 

○同・廊下・トイレ前(夕)

窓の外で日が沈み、夕闇が迫っている。

女子トイレの前で、天夜が困った顔で立っている。

天夜「中山さん、まだですか!?」

美晴の声「すいません、まだです! ひ、昼に飲んだ牛乳が……」

困りきった顔の天夜。天夜の通信機が光り、空中の画面に出雲が映っている。

出雲「天夜すまん、会議が長引きそうだ!待っててくれ」

天夜「えっ! 出雲さんまで! ど、どうするんですか!?」

出雲「心配いらん、今日は多少遅れてもだいじょうぶだ」

天夜「でも、今日はミルキーロードが繋がる日じゃないんですか? もしウサギが逃げたら……」

出雲「天夜、ミルキーロードへ繋がる三つの山を言ってみろ」

怪訝そうな表情の天夜。

天夜「ええと、愛知の茶臼山、大阪の金剛山、そして東京の高尾山です」

出雲「そうだ、よく覚えたな」

通信機から天気予報の画面が出現する。東京には雲と閉じた傘、名古屋、大阪には開いた傘のマークがある。

出雲「東京は曇り、名古屋大阪は雨だ。月が隠れればミルキーロードは出現しない」

天気予報の画面が消える。

天夜「わ、わかりました。でもなる早でお願いします」

出雲「ああ。ほんとにすまん」

出雲の映る画面が消える。

天夜「中山さーん!まだですか!?」

美晴の声「待って!もうちょい!」

 

○高尾山・山頂(夜)

星がきらめいている。

雲間から上弦の月が現れる。

天の川のようなミルキーロードがキラキラと出現する。

人物

  • 天夜現(23)宇宙課の刑事
  • 中山美晴(27)天夜の同僚
  • 出雲浩一(34)天夜・美晴の上司
  • 部長(50)刑事部部長

キャラクター表

天夜現

警視庁の刑事部宇宙課の新人刑事。

宇宙課課長の出雲に言いくるめられ、業務内容を確認しないまま宇宙課に配属された。

おだてられやすく、調子に乗りやすい。ときどき若者言葉を使う。

ゲームやSF的要素が好きで、「ビームサーベル」や「レーザーシューター」に反応した。

刑事ではあるが正義感に燃えるタイプではなく、警察官という仕事を選んだのも「公務員は安定しているし、犯罪はなくならないので仕事に困ることはないだろうから」という理由である。

重大犯罪者を隔離している月への出撃を決めたのも、単なる好奇心からである。

根は真面目ではあるが、なにがなんでも自分の信念を貫くタイプではなく、強く押されると相手の意見に同調しがち。

女子トイレにいる同僚に声をかけるという図太い一面も持ち合わせている。