そらみるたまご

○青柳家・夏海の部屋(夜)
青と白基調の部屋。
部屋の隅に本が積まれている。その上に給与明細やカード使用明細のハガキが置かれている。
椅子の背にパーカーが掛かっている。
青柳夏海(24)、ソファでゴロゴロしながらスマホを見ている。
夏海はスウェット姿である。
スマホ画面に銀行口座の入金履歴が映っている。
テーブルの上に、食べ終わった冷食のグラタンとカップ麺が放置されている。

○住宅地・道路(夜)
人気のない道路。
街灯に虫がたかっている。
スーツ姿の青柳耕太(55)、とぼとぼと歩いている。

○青柳家・玄関・外(夜)
住宅地の中にある、小さな一軒家。
「青柳」と書かれた表札。
2階の一室だけ灯りが点いている。

○同・玄関・外(夜)
玄関灯が点いておらず、暗い。
青柳、スマホで鍵穴を照らしながら、ポケットから鍵を取り出す。

○同・リビング(夜)
暗い室内。
青柳、灯りを点ける。
手狭だが、小綺麗に片付けられている。
窓には遮光カーテンとレースのカーテンが二重に掛かっている。
4人掛けのテーブルの脇に液晶テレビがある。
テーブルの上に、カップ焼きそばとメモ容姿が置かれてある。
メモには汚い字で「夕飯」と書かれている。
顔をしかめ、メモを握りつぶす青柳。

○同・夏海の部屋(夜)
夏海、ソファでうつ伏せになりながらゲームをしている。
扉が開き、青柳が現れる。
夏海、ゲーム画面から目を離さず、
夏海「なに。勝手に入ってくんなよ」
青柳「夕飯は」
夏海「もう済ませた」
青柳「俺の」
夏海、青柳をちらりと見る。
夏海「置いといただろ」
苦い顔の青柳。
青柳「汗水垂らして働いて帰った男にあんなもんを食わせるのか」
夏海「働いてるのが自分だけだとでも?」
ゲーム機に視線を戻す夏海。
夏海「嫌なら自分で作れば?」
青柳、怒りと呆れの混ざった表情。
青柳「男を厨房に立たせる気か?」
夏海「妻を働かせてた男に言われたかねーな」
夏海、ゴロンと転がり仰向けになる。
夏海「つーか、なにが言いたいわけ。俺様の飯作れって?」
青柳、額を押さえ息を吐き出す。
青柳「俺は自分の食事の用意が面倒で言ってるんじゃないぞ」
青柳を見る夏海。
青柳「おまえが将来結婚したときに困るだろうと思って。女なのに料理も出来ないで」
夏海「なんで結婚して子ども産むこと前提で話を進めてんだよ」
青柳「なにがおかしいんだ」
夏海「時代錯誤。頭ん中アップデートしたほうがいいんじゃねーの?」
ゲーム画面に視線を落とす夏海。
夏海「人様の人生設計を勝手に作り上げないでほしいもんだね、他人が」
青柳、怒りの顔で夏海に近寄る。
青柳、夏海からゲーム機を取り上げる。
青柳「他人じゃないだろ!」
夏海「自分以外は他人だろーがよ。だいたいあたしにもやりたいことがあんですけど」
夏海、ゲーム機を奪い返す。
青柳「俺はおまえを心配して言ってるんだぞ」
夏海「あーもーうるせーな」
夏海、ソファの上であぐらをかく。
夏海「大体あたし家事できねーなんて言ってねーよ」
青柳「なに?」
夏海「人にはしてやりたくないだけだよ。特にあんたには」
青柳「それが親に対する態度か!」
夏海「都合のいいときばっか親父ヅラすんじゃねえよ」
青柳、口を開きかける。
玄関の扉が開く音。
幸栄の声「ただいまー。夏海、耕太さん、帰ったわよー」
夏海「もう1人の女が帰ってきたか」
夏海、ゲーム機を閉じ、脇に置く。
夏海「ばあちゃんに作ってもらえば? 飯」
青柳、目を泳がせる。
青柳「いや、お義母さんは……」
夏海「あんたのそのご立派な主張も、結局相手を選んでやってるんだよな」
唇を引き結び、黙り込む青柳。
夏海、立ち上がり、青柳を部屋の外へ追い払う。
夏海、ドアノブに手をかけながら、
夏海「ゴミクズはさっさとお死にください」
扉がばたんと閉まる。
青柳「おい、夏海っ!」
青柳、ドアを開けようとする。
鍵がかかっている。
ため息をつく青柳。
○同・リビング(夜)
青柳幸栄(81)、椅子に座っている。
幸栄の足下には風呂敷包みがある。
テーブルの上のカップ焼きそばをじっと見ている幸栄。
青柳、階段から降りてくる。
青柳「お義母さん、お帰りなさい」
幸栄、カップ焼きそばから目を離さず、
幸栄「耕太さん、ただいま。これはなにかしら」
青柳、幸栄の視線をたどり、あっという顔になる。
青柳「それは夏海が」
幸栄「わたしのお夕食はこれということ?」
青柳「いえ! そんな」
ゆっくりと青柳を見る幸栄。
幸栄「やっぱりあのとき、反対すべきだったかもしれないわね」
固唾を呑む青柳。
幸栄「男の役割を果たせない人を婿に迎えて、真由子は幸せだったのかしら」
拳を握る青柳。
階段を駆け下りる足音が響く。
夏海、扉から顔だけ出す、
夏海「ちょっと出てくるわ」
幸栄「夏海ちゃん」
夏海、わずらわしそうに、
夏海「なに? 急ぐんだけど」
扉が開き、夏海の全身が現れる。
Tシャツの上にパーカー、ジーンズのカジュアルな服。
幸栄「お食事が冷凍食品や即席麺なのは、おばあちゃん良くないと思うの」
夏海「たまにはいいだろ。いつもじゃないし」
幸栄「お母さんはいつもご飯を手作りしてくれていたでしょう」
夏海「だから死んだのさ」
青柳「夏海!」
幸栄「お母さんが亡くなったのは、母の仕事に注力できなかったからよ」
夏海「母……って?」
幸栄「あなたはお母さんのようにはしないわ」
夏海の目をまっすぐ見つめる幸栄。
幸栄「おばあちゃん、あの日にそう決めたの。だから夏海ちゃんは安心して」
夏海、小首をかしげる。
夏海「こりゃ、サポート終了ってか、サポート外って感じかな」
夏海、さっさと立ち去る。
足音が響く。
玄関の扉の開閉音。施錠の音。
幸栄「やっぱりあの子もなのね」
目を伏せる青柳。
幸栄「もう大人なのに、ゲームとか漫画とか、子どもみたいな遊びをしてるし」
黙っている青柳。
幸栄「もう24歳よ、なのに恋人ができたこともないんでしょう。わたしが結婚したのはあの子くらいのときよ」
青柳「今の子はあんなものですよ……たぶん」
幸栄「それじゃあダメ。決めたのよ。夏海には女の幸せを掴んでもらうって」
青柳を見据える幸栄。
幸栄「真由子のような間違いはさせないわ」
青柳、たじろぎ、半歩下がる。
青柳「いったいどうするんですか」
幸栄、風呂敷包みをテーブルの上で広げる。
中には男性(32)の見合い写真が現れる。
幸栄「夏海のためにも荒療治といくしかないわ、耕太さん」
写真を見つめ、絶句する青柳。

○同・玄関・外(夜)
スマホ画面を見ている夏海。
画面に銀行口座の入金履歴が映っている。
残高が約100万円になっている。
夏海、弾む足取りで駆けていく。