ラストソング

○ジェイドビル・廊下
磨りガラスのドアに「白黒出版」のプレートがついている。

○同・オフィス
ワンルームの小さなオフィス。
窓際のデスクに腰かける強羅信永(41)。
井上光(24)、デスクを挟み強羅の前に立っている。
デスクを両手でバンと叩く井上。
デスクの上に「事件資料」と書かれた紙が置かれている。
井上「納得できません!」
強羅、困った顔で頬を掻く。
井上「なぜ被害者は実名で、加害者は匿名報道なんですか!」
強羅「井上くん、落ち着け」
井上「これが落ち着いていられますか、強羅さん!」
ドアの開く音。三枝怜香(32)が現れる。
強羅「加害者はまだ高校生で未成年だから。少年法って知ってるだろ?」
井上「被害者は中学生ですよ!」
強羅、怜香に気がつく。
井上の背後へ歩いて行く怜香。
井上「俺は犯罪者を守るために記者になったわけではありません!」
強羅「まあ、報道機関は中立が鉄則だから」
井上「中立!? 殺人者の肩を持つ気はありません!」
井上の斜め後ろで立ち止まる怜香。
井上「正義のために殺人者は即刻晒すべきです!」
怜香「加害者を更生し、罪を償わせることが社会の役目」
井上、振り返り怜香をにらむ。
井上「ふざけないでください三枝さん!」
怜香「あたしじゃないって。やかましい人権派のありがたいお言葉ですから」
激昂する井上。
井上「犯罪者に人権などいりません! 畜生にも劣るクズの分際で、人権!? 人としての理性を持ってから言っていただきたい!」
怜香「だから、あたしに言うなっての」
にらみ合う井上、怜香。
額に手をやり、ため息をつく強羅。
強羅「2人とも、少し上で休憩してきなさい」
同時に強羅へ振り返る井上、怜香。
強羅「井上くん、君は頭に血が上っているようだ。そんなんで記事が書けると思うか? 冷静になるといい」
井上「は、はい、すみません」
肩を落とし去る井上。
それを追おうとする怜香。
強羅「三枝さん」
足を止め、強羅を見る怜香。
強羅「彼は今回初めてメインで記事を書く。それがこんな悲惨な事件になるなんて……」
怜香「心配いりませんよ強羅さん、あたしがサポートにつくんですから」
笑顔で立ち去る怜香。

○同・外観
曇っている。
5階建ての雑居ビル。1階は美容室になっている。

○同・廊下
2つ並んだエレベーターの間に置かれたパキラに、カラフルな七夕短冊が下がっている。
井上と怜香、エレベーターに乗る。
マネキンの首が室内にゴロンと転がり入る。
目を大きく見開く井上。
廊下からウイッグを抱えた宮城由梨(21)が走ってくる。
由梨「ごめんなさい、それわたしのです!」
怜香、開くボタンを押している。
怜香「(軽い調子で)商売道具は大事にしなよ」
怜香、振り返る。
怜香「井上、拾ってやんなよ」
井上、隅で尻餅をつき、怯えきった顔でマネキンを凝視している。
井上「首が、首、首が」
呆れた顔でマネキンを拾う怜香。足でドアを押さえながら女性にマネキンを手渡す。
怜香「なにビビってんの、マネキンだって」
由梨、頭を下げ去って行く。
井上「首が、明里、明里の首が!」
エレベーターの扉が閉まる。

○同・休憩所
閑散としている。ソファーとローテーブル、飲食物の自販機が並んでいる。
怜香、自販機の前に立っている。
井上、一番奥のテーブルに座っている。
青い顔でがくがくと震えている井上。
湯気の立つ紙コップを2つ持ち、井上に近づく怜香。
井上、怜香を見ずに、
井上「三枝さん、言いましたよね。加害者にも未来があって、更生の余地があるって」
怜香、無言でカップを置く。

○(回想)井上家・玄関・外
塀のある一軒家。
宅配業者(20)、井上(8)に封筒を渡す。封筒は宛先のみ書かれている。
封筒を受け取る井上。宅配業者、バイクで去って行く。
封筒を開ける井上。中には表紙・裏表紙が白い薄いアルバムが入っている。
バイクの音が遠ざかる。
アルバムを開く井上。
息を呑み、表情が凍り付く井上。
(回想終わり)

○ビル・休憩所
向かい合って座る井上と怜香。カップから湯気が消えている。
怜香「それって十六年前の……」
井上「暴行され、弱っていく妹の写真が何ページも……そして最後に、最後には……」
怜香「井上、もうやめな」
井上「妹を殺した奴の名前を誰も知らない。父も母も、俺だって!」
テーブルに拳を叩きつける井上。
井上「妹にだって未来はあった!」
井上の拳が震える。
井上「妹をあんな目に遭わせた奴らは、たった十年ちょっとの刑期を終え、今もどこかで生きてる。あのとき未成年だったというだけで!」
井上の目から涙がぼろぼろと落ちる。ぎょっとする怜香。
井上「加害者家族に罪はない? 妹になんの罪があったって言うんですか!」
井上、泣きながら顔を覆う。
井上「夢に見るんです。妹の身体が失った頭を探している。俺は必死で逃げて、その先に自分の頭を持つ妹が立っている」
沈痛な面持ちの怜香。片手で鞄をあさる。
井上「妹の未来は永遠に閉ざされてしまった」
鞄からスポーツタオルが出てくる。
それを無言で見つめる怜香。
井上「こんな思いは誰にもさせたくない……」
肩をふるわせ、嗚咽を漏らす井上。
怜香、深く息を吐き出す。
怜香「今回の記事は井上、あんたが任されたんだ。あんたの好きにするといい」
怜香を見る井上。目が赤い。
怜香「あたしは今回あくまでサポートだからね。書くのはあんた」
タオルを差し出す怜香。
井上の涙が止まる。決まりの悪そうな怜香。
怜香「これしかなかったんだよ」
すすり上げる井上。
井上「三枝さん、ありがとう、ございます」
受け取ったタオルで鼻をかむ井上。
怜香「かむな、鼻を!」
窓の外で雲間から光が差す。

○本屋・雑誌売場
客がまばらにいる。男性客(50)が立ち読みしている。
女性向け雑誌を数冊脇に抱えた由梨、うろうろしている。
由梨「社会誌ねー。どれがいいんだろ?」
男性客、立ち読みしている雑誌を由梨に見せる。
男性客「おい姉ちゃん、これがいいぞ」
由梨「え、そうなんですか?」
男性客「あの事件、加害者の名前が出てるのはこれだけだからな」

○ジェイドビル・廊下(朝)
2つ並んだエレベーターの間にパキラがある。
白黒出版のオフィスのドアの向こうに、怜香と強羅の人影が透けている。
階段から、傘を持った井上が現れる。
ドアの前で立ち止まり、傘立てに傘を立てようとする井上。
強羅の声「三枝さん、まずいことになった」
怜香の声「どうしたんですか強羅さん」
強羅の声「この前の記事だけど」
怜香の声「井上が書いたやつですか?」
手を止め、目を瞬かせる井上。
強羅の声「三枝さん、井上くんに実名報道を許可したの?」
怜香の声「高校生ったって選挙権あるんですよ。絶対匿名にしなきゃいけないってわけじゃないでしょ」
強羅の声「それなんだけど。加害者の弟が、自殺したらしい」
井上の傘の先から滴が垂れ落ちる。


人物

井上光(24)(8)雑誌記者
三枝怜香(32)雑誌記者
強羅信永(41)井上の上司
宮城由梨(21)美容師
宅配業者(20)宅配業者
男性客(50)本屋の客

キャラクター表

井上光
白黒出版の記者。
殺人を犯した加害者を罵倒するなど、過激とも言える正義感の持ち主。自らの正義に反する者には上司や先輩であっても激しい怒りを見せる。
その正義感の正体は義憤と言うより半ば私怨に近い。
十六年前の事件で妹が惨殺され、加害者らからその様子をまとめたアルバムを送りつけられた。
未成年加害者の実名報道に執着を抱いているのは、被害者の家族でありながら犯人を知らされなかった憤怒と、どうすることもできない無念さと、妹を残虐な手法で殺した殺人者たちがごく軽い刑罰で済まされ生き延びていることへの憎悪によるものである。
首だけになった妹の写真が強烈なトラウマになっており、首だけのマネキンに異様な恐怖心を見せる。