ほうき星見ゆ

○上空
ウィッチ(15)、箒にまたがり空を飛んでいる。
赤毛に茶色の目。水色のとんがり帽子と水色のローブ姿をしている。
ウィッチ「人間界ってどんなところかなあ」
下を見るウィッチ。眼下には分厚い雲。
ウィッチ「人間が魔法を使えないってほんとかな。すごく不便そう」
強風が吹きあげる。
ウィッチ、箒にしがみつく。
バランスを崩し、箒から落下する。
ウィッチ「あっ!」
ウィッチと箒が雲の中に消える。

○江戸の城下町・遠景(朝)
江戸の町並み。

○同・青木屋・外観(朝)
「青木屋」の暖簾がかかっている。
軒先に簾と、水色の朝顔が置かれている。

○同・屋内(朝)
壁に大小さまざまな箒が立てかけてある。
居間で向かい合ってあぐらをかいている彗蔵(15)、平作(36)。
彗蔵と平作のあいだに2本の箒が置かれている。1本は立派な箒。1本はスカスカで穂先が曲がった粗末な箒。
平作、険しい顔で彗蔵を見ている。
平作「聞くまでもねえが彗蔵、おめえが作ったのはどっちでい?」
彗蔵「そりゃあこっちだ」
彗蔵、粗末な箒を手に持つ。
彗蔵「隣のばあさまが、腰を痛めたから軽い箒がほしいっつってたんだよ」
平作「だからって穂を減らす奴があるか!」
平作、彗蔵から箒を奪う。
箒を彗蔵の鼻先で揺らす平作。
平作「だいたい彗蔵、おめえは穂先の選別から浸水から編み方からなにからなにまでなっちゃいねえ」
彗蔵「ぐうの音も出ねえや」
平作「俺がおめえくれえの時分にゃ、もちっとマシなもん作って売り出してたぜ」
彗蔵「そいつはすげえや」
平作、ため息をつく。壁の箒をちらっと見る。
平作「伊代のほうがよっぽど上等な箒を作れたってもんだ」
壁の箒を見る彗蔵。
彗蔵「確かにあいつは上手かった」
彗蔵、平作へ視線を戻す。
彗蔵「おっとう、伊代を次代の跡取りにすべきだったんじゃねえか?」
難しい顔で腕を組む平作。
平作「伊代が女じゃなけりゃ、兄貴のおめえを差し置いてもよかったんだがなあ」
彗蔵「女でもすげえ奴はすげえよ」
平作「違いねえ」
がっくりと肩を落とす平作。
平作「くだらねえことにこだわった俺がバカだった。伊代を跡取りにして彗蔵、おめえをどこぞに婿へ出すべきだったかもしれねえ」
彗蔵「失敗は成功の母って言うぜ」
彗蔵、したり顔で何度も頷く。
彗蔵「おっとうもこれに懲りて精進しねえとな。いつまでも古くさい考えじゃいけねえ」
平作「やかましい!」
彗蔵の頭にゲンコツを落とす平作。
頭を押さえる彗蔵。
平作「屁理屈こねてる暇があったらまともなもん作りやがれ!」
彗蔵、ぴょんと立ち上がる。
彗蔵「あっ、オレ、玄関の掃除してこよっと」
彗蔵、急いで居間を飛び降りる。
平作「彗蔵!」
平作、彗蔵の作った箒を投げる。
振り返り、それを受け取る彗蔵。
平作「おめえのは外掃き用だ」
彗蔵、そそくさと暖簾をくぐる。

○同・青木屋・玄関前(朝)
彗蔵、粗末な箒で玄関の前を掃いている。
彗蔵、手を止め額の汗を拭う。
彗蔵「はー。あっちいな」
手に持つ箒をじっと眺める彗蔵。穂先がくたくたになっている。
彗蔵「なんで箒職人の息子に生まれちまったかねえ」
彗蔵、空を見上げる。雲のない快晴である。
まぶしそうに目を細める彗蔵。
彗蔵「世の中上手くいかねえなあ」
空に赤い光が浮かんでいる。
目を凝らす彗蔵。
彗蔵「なんだありゃあ……」
光が帚星のように尾を引き、だんだん大きくなっていく。
凄まじい轟音。辺りがずしんと揺れる。
彗蔵、飛び上がる。

○江戸の城下町(朝)
ウィッチ、うつ伏せに倒れている。
地面がへこんでいる。
とんがり帽と、2つに折れた箒が転がっている。
町人たち、ざわざわしながらウィッチを遠巻きに取り囲んでいる。
彗蔵、町人たちをかき分け、ウィッチの近くに寄る。
彗蔵は箒を手に持ったままである。
頭を押さえ、半身を起こすウィッチ。
ウィッチ「うーん、いたた」
ウィッチ、辺りをきょろきょろと見渡す。
ウィッチ「えっ、なに? ここ」
彗蔵とウィッチ、目が合う。
ウィッチ、彗蔵をびしっと指さす。
ウィッチ「そこのあなた!」
彗蔵「オ、オレ?」
ウィッチ「いま何年!? ていうかここどこ!?」
彗蔵、困惑の表情。
彗蔵「嘉永4年、場所は江戸じゃ」
ウィッチ「かえい? いつよ嘉永って!? 日本史の授業サボるんじゃなかったー!」
ウィッチ、帽子を拾い、かぶり直す。
ウィッチ「待って、でも、江戸って……江戸? 人間界は平成末期じゃなかったの?」
考え込むウィッチ。
ウィッチ「時空が歪んだのかな。それにしてもなんで……落ちたせいで?」
彗蔵「おーい」
ウィッチ、彗蔵を見る。
彗蔵「おめえさん、なしてこんなところに?」
ウィッチ、立ち上がる。
ウィッチ「一人前の魔法使いになるために1人で旅立ったところなの」
感心したような顔の彗蔵。
彗蔵「そいつはすげえな、わけえのによ」
ウィッチ、胸を張る。
ウィッチ「当然よ、あたしは国一番の大魔法使いになるんだから!」
彗蔵「魔法使いってのはなんだかわからねえが、おめえさんの名前は?」
きょとんとするウィッチ。
ウィッチ「そんなのないよ」
彗蔵「えっ?」
ウィッチ「あたしたちは修行が終わって一人前になると師匠から名前をもらえるのよ」
ウィッチ、ローブの裾を払う。
ウィッチ「修行中はウィッチって呼ばれるの。男はウィザードね」
彗蔵「よくわからねえが、そりゃてえへんだ」
ウィッチ「とにかく早く元の時代に戻らなくっちゃ」
ウィッチ、折れた箒に気がつき、驚愕する。
ウィッチ「あたしの箒!」
折れた箒を拾い、がっくりするウィッチ。
彗蔵「箒がいるのかい?」
ウィッチ「箒がないと飛べないもの」
彗蔵、手にした箒を差し出す。
彗蔵「こんなんでよけりゃ、やらあ」
ウィッチ「いいの? ありがとう!」
ウィッチ、笑顔で箒を受け取る。
箒にまたがり、飛ぼうとする。
が、数センチ浮かんで落ちてしまう。
ざわつく町人たち。
ウィッチ「こんなんじゃ飛べないよ!」
彗蔵「めえったな」
頬をかく彗蔵。
彗蔵「おめえ、ただもんじゃねえな?」
ウィッチ「だから魔法使いだってば」
ぽんと手を叩く。
彗蔵「そうだ、おっとうに頼んでみっから、うちに来るかい?」
ウィッチ「え、いいの?」
彗蔵「おっとうも、困ってるおなごをほっとくほど鬼じゃねえさ」
町人たち、散る。
彗蔵「おめえのその……ウイなんだかっての、呼びづれえからオレが考えてもいいか?」
ウィッチ「別にいいよ」
彗蔵「そうだなあ。お朝なんてどうでい?」
ウィッチ「お朝?」
彗蔵「そのけったいな格好が朝顔みてえな色だからな」
ウィッチ「えー。変な名前」
彗蔵「なんじゃと!?」
ウィッチ、笑顔を浮かべる。
ウィッチ「でもいいよ、お朝で」

○同・青木屋・玄関前(朝)
朝顔が揺れている。